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「イノベーティブ組織」(1)組織が個人をダメにする


世界で最もイノベーティブな組織の作り方」31ページ

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西堀栄三郎の言葉
「日本人は、個人としての創造性はある。
これが組織になるとさっぱりになるのは、組織内に小姑のような人が居て色々とケチをつけたり混ぜ返したりするからだ。
だから日本人に創造性を発揮させたければ個人を鍛えるよりも組織のあり様を変えなければダメだ」
------------------------


・日本では評価されず、世界では絶賛された「黒澤明監督の『羅生門』」「浮世絵」など

・意外と多い、日本人のノーベル賞

・アニメーション、長編文学、建築分野、工学分野

このような例を挙げながら、本書は、
日本人の創造性(イノベーション)について語ると共に
それらが主に「個人」によって起こされたものであり
逆に、「組織」はそれを阻害してきた
と書いています。




統一教会においても

「無能な人間が上に立つことにより、優秀・有能な人間が外に出てしまった」
ということが多く起こって来たようです。

これは、上に立った人間の個人的な資質もあるかもしれませんが、
既に「システム思考」について書いてきたように
個人の問題以上に「組織としての仕組みの問題」「組織文化の問題」である
と言えるでしょう。


その結果として

・創造性の無い
・主体性の無い
・ただ従順なだけの
・イエスマン
・指示待ち族

が多い組織となり
「言いたいことがあっても言えない組織」
になっています。

このような中からは、決して創造性は発揮されません。




統一原理によれば

神様は人間に責任分担を与えることによって
「創造性」と「万物に対する主管性」を
与えようとしました。


「責任分担を果たしてゆく」ことと
「創造性を発揮して行く」こと、そして
「主管性を持つようになって行く(主体性が育まれる)」ことは

同時的になされてゆくと考えることができるでしょう。



今の統一教会において「責任分担」とは
「上から言われたことをその通りにやること」だと
考えられているようです。

これは、僕(しもべ)をつくろうとするものであり
創造性や主体性を発揮させ、成長を促すものではありません。

これではイノベーションを起こして問題を解決し、
発展してゆくということは不可能でしょう。



「個人をダメにする組織」から
「創造性を発揮できる組織」へと変革してゆくには何が必要なのか?

世界で最もイノベーティブな組織の作り方」から学んでみたいと思います。




--------------------------------

お読みくださり、ありがとうございます。

統一教会を改革したい方、
興味深い内容だと思われた方、
責任者に読んで欲しいと思われた方、

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No title

たまたまランキングから立ち寄りましたが、
御説ごもっとも、この組織論は何処の組織集団にも当てはまる事でしょう。


ひとつ、質問があります。
私の友人ですが、統一教会の信者です。
そこの娘ですが、3才と5才の子連れ離婚をして、
これは、全くの本人の自由恋愛による結婚でした。
次は、九州の禅寺の住職へ嫁ぎ再婚をしました。
その事自体は、結構な事なのですが、
解せないのは、その再婚が教会からの紹介?見合いの結婚なのです。
韓国の本部へ行って婚約式?もきちんとやった正式な統一教会の結婚です。

当然ですが、
九州の禅寺の住職一家は、統一教会の信者でもあるわけで、
そこのところが、部外者には理解できない点です。
現在も、嫁いだ寺から、統一教会の施設へ活動へ行っているとか、
まったく普通の常識では考えられないのですが、
そう云うケースは、当たり前の事なのですか?
出来れば、教えてください。

Re: No title

ご質問の件

「禅寺の住職一家」でありながら「統一教会の信者」である

統一教会としては「あり」だと思います。

基本的に、他の宗教に対する排他性はあまりない、という感じでしょうか。
統一教会の信仰が「主」で、その他が「従」であれば。

「統一教会に入ったんだから、他の宗教のものは全て捨てろ!」とか
言う人はいないと思います。

No title

早速のお返事ありがとうございます。

大抵の宗教は閉鎖性がないので、

統一教会側からは問題がないのであれば

住職の家族といえども、個人個人の信教の自由はあると考えられなくもなく、

統一教会側から謂えば、

そういうことも「あり」とおっしゃっている事は理解できます。

問題は、夫である仏教の宗派の禅宗の寺に住み、

仏教の看板を掲げる住職である僧侶の立場かと思います。

外見と中味の統一性の問題です。

数多くの檀徒にとれば、自分の死後の葬式を預ける訳ですから、

禅宗の仏式であの世へ導くと信じられている僧侶にとっては、

その死後の世界は、どっちなのかと、そこが理解できない点です。

私なら、いっそのこと、

統一教会の牧師?の様な立場へ転向された方が良いのではないかと

感じてしまうのですが、、、



信仰者としてどう思われますか?




Re: No title

「死後の世界はどっちなのか」ということですが、
統一教会の観点では、
「実在する死後の世界に対して、宗教によってとらえ方が違っている」
と見ます。

即ち「統一教会の死後の世界」と「仏教の死後の世界」が別々にあるとは考えていません。
宗教はある意味で、
ひとつのゴールに到達する手段です。

「統一教会の信仰を持った僧侶」の方はおそらく、
仏教の教理を、統一原理によってより本質的に理解され
そのような教えで壇徒を導こうとしておられるのではないでしょうか。

No title

なるほど、そう云う事になるわけですか。

それならそれで、

個人の心の中だけなら、そうと理解できなくもないのですが、

僧侶と云う立場は社会的存在です。

少なくとも、檀徒には正直に心の内を述べて理解を得るべきでしょう。

隠す事は良くない戸思いますが?

統一教会では、それを不正直とは言わないのですが?

といいますのが、

知人が、その事を言う時には、

その娘さんが嫁いだ僧侶が統一教会もやっているのは黙っておいてほしいと

世を憚りながらの行動である雰囲気で言われるのです。

そっと、秘密を打ち明けるというそぶりなのです。

そこが、心にやましさがあるようで、

実際、本人が娘の夫の事を欺瞞であると思っているようでした。

宗教を信仰している人間にしたら、ふさわしくないやましさを持っているようです。

そういう点を統一教会はどう指導しているのかと思った次第なのです。

Re: No title

おっしゃるとおり、
自身の信仰や考え方について、
隠さずに、特に檀徒の方々に対しては説明することが適切だと思われます。


ただ、教会としては
「隠さずに説明せよ。しないのならば統一教会の信徒とは認めない」
とはいわないでしょう。

できれば、自身の信仰について明かすことを勧めはしても
あくまでも、本人の判断、本人の責任において、
また本人の信仰心において、決めるべきこととして
本人に任せているのだと思います。

No title

何度もご質問にお答えください感謝申し上げます。

信仰人とは言っても、

さまざまな人間がいるのですね。

自分の内面がどうにもならない現実を抱えているのでしょう。

信仰によって真っ直ぐに現実を直視できるようになる事を

願っています。

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プロフィール

Moonlight Mask

Author:Moonlight Mask
私は統一教会の信仰を持つ者です。
現在の組織に所属しその未来を信じていますが、現状を変革する必要性を感じています。
しかし組織内における議論の場が無く、ネット上での発信を開始します。
世界本部、日本本部、日本の公職者に読んで頂きたいと思っています。
ここに書くのは、現時点における個人の考えであり、今後、変わることもあり得ます。
事実関係等に間違いがあれば正したいと思います。
情報源は明らかにしませんが、出来る限り確かな情報に基づいて書きたいと思います。

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